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在日朝鮮人の継母は日本人女性になりすまして父親の地元に住み着いた

在日朝鮮人の継母と奇妙な共同生活が始まる

 

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目次

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前回の記事「腹違いの弟が日本人女性と別れて在日朝鮮人の女性と電撃結婚した」に引き続き、実家ネタについて書くね。

1947年(昭和22年)生まれの父親は、敗戦直後の日本でお腹を空かせて育った世代で、戦後に流行した共産主義運動の影響を受けているの。

戦時中~戦後の日本をテーマにした妹尾河童の小説『少年H(上) 』に登場する主人公の男の子より17才年下の計算になる。

 

『少年H』は昭和14年の神戸が舞台なんだけど、主人公が小学5年生のときに太平洋戦争が勃発して、スーツの仕立て屋をやっていたお父さんがスパイ容疑で警察に連行されるの。

厳しい拷問を受けてお父さんの指が赤く腫れあがったり、近所のお兄さんに赤紙(召集令状)が届いて二度と会えなくなったり、散々な出来事が起きるんだ。

※お兄さんは出兵前に首つり自殺

 

神戸大空襲を題材にしたアニメ『ホタルの墓』の清太と同じように、少年Hも日本は絶対戦争に勝つと信じて育った。

でも、期待と裏腹に日本はあっけなく敗戦。

少年Hが街角で「日本は戦争で悪いことをした!人類は皆平等!」と演説する共産主義者をぽかんと眺めているシーンが忘れられないよ。

 

戦争中は共産主義者や社会主義者を排除しようとする運動、いわゆる「赤狩り」が盛んで、特別高等警察(特高)にリンチをされるのが当然だったのに、敗戦した途端、突拍子もなく左翼思想が許されるようになった。

常識っていうのは社会情勢に大きく左右される。

 

さて、父親が中学2年生のとき、生まれ故郷の北海道千歳市に北海道朝鮮初中級学校が完成したんだ。

父親は戦後共産主義運動の影響を受けて育ったから、どうして同じ人間なのに在日朝鮮人は日本人と違う学校に通うのか不思議だったらしい。

 

幼かった父親は日本人と在日朝鮮人が同じ教室で勉強することを願っていた。

けれど、在日朝鮮人の立場から考えると、日本で独自の民族性を守り続けるためにウリ学校(自分たちの学校)を建てたのであって、決して日本人と仲良くなりたかったわけじゃないと思うんだ。

 

日本に強制連行された在日朝鮮人

 

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韓国・釜山港の画像

 

わたしの地元・北海道は歴史に無頓着な人だらけ。

大人であっても、どうして在日朝鮮人が日本で暮らしているのか知らないレベルだから、子どもに説明できるわけがない。

本州のように朝鮮部落の跡地があるならば、「朝鮮学校って何?」「どうしてあの人達は日本人と違う民族衣装を着ているの?」など子どもに質問されたとき、親が正しく説明できるように、一生懸命勉強するのかも知れないけどね。

 

少なくとも、わたしは左翼の父親と在日朝鮮人の継母に育てられたせいで、在日朝鮮人の存在すら知らなかった。

成人してから自分で調べてようやく分かったよ。

明治時代に日本政府が日韓併合して、在日朝鮮人は日本に強制連行されるか、自分の意志で移住したんだね。

 

在日朝鮮人問題をテーマにした映画『パッチギ!』に、朝鮮人のお葬式が登場するんだけど、フォークギターをやってる日本人の若者が参列したら、釜山港から日本に渡った在日朝鮮人のお祖父さんに八つ当たりをされていた。

 

 

お前もう帰れ、パンチョッパリ。

お前、淀川のしじみを喰ったことがあるか?

土手の野草を喰ったことがあるか?

 

ウリナリ(朝鮮人自身)で田植えをしとったら、紙切れを突き付けられてトラック放り込まれたんよ。

わしらはお前らと違うんやぞ。

日本人、食べ残した豚のエサ、盗み食いして見張りのヤクザにどつかれて足曲がっとるんぞ。

『パッチギ!』より

 

※パンチョッパリ=半分日本人という意味のハングル語

 

ソフトバンクの社長・孫正義は、密航で日本にやってきた在日朝鮮人という理由で、何かあるたびに「韓国へ帰れ!」とバッシングされている。

自分の意志で日本に移住した朝鮮人であっても、詳しく事情を調べていると、朝鮮半島で生き地獄を味わうくらいなら、我慢して日本で暮らした方がマシっていう生活レベルだったみたい。

佐野眞一著『あんぽん 孫正義伝 』に、孫正義の祖父・孫鍾慶が日本に渡った理由が書いてあったよ。

 

「リンゴ農家も移ってきたし、軍人も増えてきました。この近くに日本軍の飛行場ができたためです。その工事のために、この村では多くの土地が日本軍に奪われたのです。

鍾慶の家も、わずかばかりの田畑を失ってしまった。そこで仕方なく日本に出稼ぎに行ったのです。彼はそのときの年齢は、二十代の後半だったと思います。」

 

「戦争が終わり、朝鮮半島が解放されたため、孫鍾慶は一度、この村に戻ってきました。」

「しかし、ここに帰ってきても、祖国は荒廃していた。多くの人は日本へ行ったきり戻っていなかったし、耕すべき田畑もない。もちろん仕事だって見つけることができない。鍾慶一家は仕方なく、ここにわずか一年ばかり滞在しただけで、日本に戻って行ったのです。一家を食わせていくためには、それしかなかったのでしょう。」

『あんぽん 孫正義伝』より

 

『パッチギ!』に登場する在日朝鮮人の一家にしても、孫正義の先祖にしても、やむを得ず日本に移住したのであって、日本人と平和友好的な関係を築きたかったはずがない。

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父親は日本人妻を捨てて在日朝鮮人と再婚

 

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戦後共産主義運動の影響を受けた父親は、故郷の朝鮮学校に通う生徒や、生徒の両親、祖父母がどれくらい苦労したのか想像して、幼少期から罪悪感に苛まれていたみたい。

父親は戦後生まれだから出兵はしなかったけれど、明治生まれ祖父が酔っ払ったときに、戦争がどんなものなのか聞かされたみたい。

戦争の憎しみ、悲しみ、原爆を投下したアメリカに対するコンプレックス、中国人や朝鮮人を痛みつけた罪悪感など、複雑な気持ちを抱えて大人になったのね。

 

東京の大学に入って学生運動を経験後、28才のときに日本人女性とゴールインして結婚3年目にわたしを授かった。

けれど、母親が産後うつにかかって育児放棄をするようになったんだ。

暗くふさぎ込んでいる母親と暮らしていたら、川で自殺未遂を繰り返していた祖母がオーバーラップしたのか、嫌悪感に耐えられなくなり、若い在日朝鮮人の女性を選んで再婚したの。

※祖母は戦時中~戦後の苦労で希死念慮に悩まされていた

 

父親は東京都水道局に就職して、一家で東京郊外のアパートを借りていたのだけれど、母親が育児放棄をするようになり、離婚を考えるようになったみたい。

せっかく新卒採用してもらった水道局を数年のうちに退職。

ある日突然、「他に好きな人ができたから離婚して欲しい」と産みの母親に打ち明けて、姥捨て山みたいに放り捨てた。

 

北海道の祖父母宅に居座る在日朝鮮人の継母

 

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当然、祖父母は離婚に猛反対したのだけれど、他に好きな女性ができた、今すぐ別れたいとわがままを言って聞く耳を持たなかったそうだよ。

意地になった母親は、親がいなくても子は育つ!と捨て台詞を吐いて、実家のある宮城県に帰っちゃった。

 

わたしが継母の立場だったら、妻子ある日本人男性を略奪してまで、朝鮮部落から抜け出したいとは思わない。

逆に母親の立場だったら、弁護士に依頼して慰謝料請求するか、法的手段をとって略奪を諦めてもらうけど。

女の意地ってどうしようもない…。

 

日本人は「恥の文化」で朝鮮人は「恨の文化」

 

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日本人と朝鮮人は物の考え方が違う。

日本は恥の文化、朝鮮人は恨(ハン)の精神を大切にしているんだ。

わたしは他人の家庭を壊すことが恥ずかしいけれど、朝鮮人はアジアのラテン系と言われるように、情熱的で自己主張が激しく、近視覚的な恋愛を大切にするらしい。

 

相手に恋人がいようが、結婚していようが、猛烈にアプローチして恋愛成就させようとするの。

朝鮮人は協調性よりも自己主張が大事と考えるんだって。

服装にしても、着物みたく淡い色よりも、濃くてはっきりした色の韓服でアピールすることを好む。

 

朝鮮人には恥の文化がないかわりに、恨(ハン)の精神を大切にする風習があって、人を恨むと長いのよ。

韓国の第18代大統領である朴槿恵(パククネ)は、従軍慰安婦問題を含む日韓併合時代の蛮行に執着していて、日本と和解することは有り得ず、恨みは千年続くと言っている。

在日朝鮮人の継母にしても、日本人が朝鮮半島を略奪したからスラム街で貧しい暮らしをさせられたのであって、朝鮮人の屈辱に比べれば、妻子ある日本人男性を略奪するくらい平気だと思ったみたい。

 

愛に飢えていた継母は、市役所に離婚届を取りに行って、父親にさっさと離婚するよう催促したそうだよ。

そして、北海道にある父親の実家に居座り、奇妙な共同生活を始めたの。

祖父母宅の二階を占拠しながら、兄(ヒョン)が養って!連れ子は自分で教育して!と、自己主張していたらしい。

 

※兄=朝鮮人は親しい年上の男性を兄(オッパ、ヒョン)と呼ぶ

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次回へ続く

 

 

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